濱田庄司 益子参考館(はまだしょうじ ましこさんこうかん) その3

益子参考館の敷地の一番高い場所に移築され、
「上ん台」(うえんだい)とよばれている家屋があります。



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元は益子近郊の豪農の家屋で1850年頃築とありますから、もう160年以上前の茅葺き木造の家。
濱田庄司が譲り受けて、1942年にこの場所に移築されたそうです。


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密に並べられた垂木と幾層にも重なる茅が素朴で美しい軒先。
見とれてしまいます。


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上ん台は幅が1間くらいの広くて長い縁側があり、
この外と内の中間的空間が魅力的に感じました。


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玄関土間もこれまた広々とした空間。
小屋組の梁は幾重にも渡りアゴ組みされて重厚な構造です。

当時の北関東の大工による、
骨太で実直素朴、健全な意匠性は「民藝」の精神と同じだと思われます。


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土間の小屋組を支える柱のひとつ。
私の手を広げ、親指先から小指先までが20センチの長さですから、
この柱は30センチ角あります。材種はクリ。
こんな柱があちこちに使われているのです。





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土間空間には所狭しと本場キギリスのウィンザーチェアが。
19世紀に作られたものらしいのですが、
100〜200年の時を経た現在でも、ホゾの緩みなどほとんどないそうです。

ちなみに、この椅子に腰掛けて珈琲をいただくことができます。
土間空間は「上ん台茶房」(うえんだいさぼう)とありました。





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土間から見た座敷空間。


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この日は幸運にも、濱田庄司ご子息の濱田晋作先生が茶房におられ、
先生のご好意をいただきまして、特別に座敷に上がらせて頂きました。

座敷空間は使っている柱、梁など、私はかつて見たことも無い程大きなもの。
しかし、座敷の広さ、天井の高さもそれに呼応していて、
広々として気持ちのよい空間となっています。

晋作先生のお話によると、戦時中、
東京の日本民藝館の収蔵品を空襲から守るため、この上ん台に送られ、
それら貴重な品々の避難収蔵場所になっていたとのこと。


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シミやヨレも自然な文様のように美しい襖の和紙。


大黒柱は1尺2寸角(36センチ角)くらいのケヤキ。


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左官壁は、移築された際に漆喰壁にと要望したところ、
左官さんが壁面積が広すぎて手に余ると拒絶したため、
中塗り土壁のままとなっているそうです。
でも、この混ぜ合わせた素材が浮き出てできた不思議な模様は、
これはこれで、この上ん台の無骨さにはよく合っていると思うのです。

これこそ民藝の真骨頂と思える、北関東の古民家「上ん台」でした。





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